昭和44年10月1日  月例祭



  お~百十年の記念の御大祭が、行われます、それにここでも七日、十日の御大祭に分けられまして、御参拝のおかげを頂くわけでございます、え~、今月は、そういう御本部参拝を、言わばかわきりに、ここの教祖大祭が十月の二十日でございます、いよいよ私共がおかげを受けなければならない月、いよいよ私共が、え~日頃の信心にものを言わせなければならない時、とも思われるのでございます、ただ御本部参拝をさせて頂いて、ただお参りが多いかった、え~、大変なお祭りであったと、いうことだけで止まる事のないように、私はどのような心持ちで今度の御本部参拝をさせて頂こうか、またはあ~当教会の、お~教祖大祭をいかにお互いが奉唱させて頂こうかというような心を、一つ本当に作っておかなければいけない、ただ普通のお~リクレーション的な旅行であったりしてはならないし、ね、それは道中お互いが楽しゅう信心のある者同士の、お~、行く時間でございますからね、汽車の中バスの中、ですからそこんところはまあ楽しゅうということは言いますけれども、ただそれだけのため、それだけのものではないのでございます、ね、いよいよの目的は、やはり、え~教祖大祭に、または立教、それに合わしての、百十年の記念の御大祭にあるのでございますから、そのお年柄であるその御大祭をいかにどう頂くかと、いうところを本気で考えて行かなければいけません、お参りしておってあちらで、何かお土産がちゃんと作ってあるといったようなことじゃないのでございますから、私共の心次第で、それこそ船にも車にも詰めぬほどの御神徳を頂いて帰れれる、おかげを頂いて帰れれる、おかげを頂くために工夫がいるのじゃなかろうかとこう思うのでございます。
  先日も、ある方が、一家の方達が、自動車で、申し込んであったんですけれども、どうもバスは疲れる、酔う、汽車は疲れる、それで自家用車でまあ行けばいくらか楽であろうから、あ~と言うてその、おこらいがあったんです、それで私は、その方はだいたい熱心に御信心が出来られますのですから、私が少し風悪うを申しました、ね、「酔うなら酔わんごとお願いして参りなさい」ね、「他所、普通の旅行で疲れるなら、疲れんようにおかげを頂きなさい、それを願うて参るの」ね、と、もうそれこそ鶴の一声、親先生が右とおっしゃたら右ぞ、左とおっしゃたら左とまあ決めてのお伺いだったらしいんです、だから実を言うたらその方がお伺いをされることの方が、可笑しいんだと私思ったからまあそのように申しました、勿論だからそのことに決まったんですけれどもね、そうして例えばなるほど窮屈でもありましょうね、けれどもそこんところをね信心参りでございますからね、これは私の修行中などは、もう汽車にはあの席をもうそれこそ窓から乗らなければならないという時代ですね、終戦直後でございますから、もう席なんかを頂こうなんて夢思いませんでした、まあたまたまあったらかけさしてもらいますけれども、絶対に後ろに背中を付けないという修行をしてまいりました、汽車にこの後ろにこうやって(?)、だからいつも腰をこうやって浮かしてある、というように、まあ誰か疲れたような方がみえると席を変って差し上げるといったようなお参りをさして頂きましたが、(?)な修行はよう出来ません、けれどもですねそれだけ修行をして参りますと、修行して参っただけお土産が大きかったことだけは間違いないです、ね、金銭の上にもですよ、ね、沢山のお金がいるのでございますから、やはりお繰り合わせを願い、お繰り合わせを願うて本当に神様がお参りをさせて下さったんだなと、思えるほどしのおかげをお繰り合わせを頂いての(?)が私は大事だと思う、ね、お参りの言わば仕方と言うかね、むかっ、むかっ、向こうで拝んだ時に有り難いものを頂くのじゃない、その御神前に出たら奥付きに出たら、教祖様の奥付きに出らして頂いたら、途端にです、ね、教祖様ならば、「良う参ってきた」と言うて下さるような感じのするね、私はお参りでなきゃないけない、それには私共が思いをそこにこらしてのお参りでなからなければなりません、今度は家族でお参りの方達が多ございますが、ね、そういう私は信心内容を持って、御本部参拝をさして頂かにゃいけん、なるほど窮屈でもあろう、普通ならこれよりも、それは、あ~、確かに窮屈であろうけれども、そこに味合いがある、そこに有り難さを感じさして頂けれる信心、ね、いわゆる修行させて頂いて、修行をさせて頂いてお参りをさせて頂こうという信心、ね、そういう私は心構えで、今度の御本部参拝はして頂きたいと思うのでございます、同時にそういう、有り難いものを頂いて帰って、もう早速ここの御大祭の御準備が始まります、ね、日頃の信心の言わば答案用紙とも言われるくらいです大祭は、ね、この前の春の御大祭がああだったから秋の大祭もあれと同じで、であってはやはり成長がないのです、ね、ですからお参りをさしてもらう、拝ましてもらう、お供えをさして頂く内容が変わらなければいけない、ね、そこに私は信心があると思うのですよ、ね、決して楽をしよう、面白い目をしよう、といったようなことでお参りがあったんではせっかくの、ね、立教百十年の記念の、お年柄、お祭に対しまして、相すまんという気持ちをね、お互い分からない、言わば初めての方達も随分今度はありますから、そういう気持ちを皆さんにもお話しして、ね、日頃お参りが出来なくても、お昼参りの修行ぐらいさして頂いて、せめて、え~御大祭参拝までは有り難いお参りでありますような修行でもさして頂くくらいな信心がいるんじゃなかろうかとこう思います、そしてその内容なんです、ね、そのお参り、そういう修行さして頂いて、そのその内容はどこにおかなければならないか。
  いよいよ、お~十月、今日から(?)どもも衣替えをさして頂いた、気分の上にも、ね、いわゆるその季節感を一番感じるいわゆる季節であります、え~丁度八時の霊様のお祭を、え~御祈念をさして頂きます十分ぐらい前に私が、末永さん御両親が「末永さん末永さん」と言うて私が笑うんです、そしたらまぁだあの奉仕着をあの、ままなんです、ね、それで私は、あの前にあるお賽銭箱の後ろに立っておりますその衝立てがね、夏のままだったんです、不思議なもんですね夏はあれを見てから、何とは無しに涼しい感じがするんですけれども、もう十月の声を聞きますとあの御簾の、お~、あぁ葦ですかね、あれは葦の衝立てを見ておると何か寒々しいものを感じる、ね、やはりあの気分が雰囲気が大事だと、私はもう今日は取り替えられておるもんだと思うておってここへ出て、出てきたら、取り替えられてないから、あんただんに、あちらに、「どうしよんの今までまだ奉仕着どん着けてから、早よちゃんとね、白衣を着けておいて、30分なら30分ぐらい前に着けておいて、そして御広前をうろうろするならうろうろしよなければ、御月次祭、お祭の気分が出らん」と言うてまあ申しましたことです、だから他の方に言うて、自分は用意をするといったようなことでございましたがです、まあそういう風に言うてからですね、その「どうした」と、といったようなその気持ちで言わせて頂いて、霊様の前に出らせて頂いた、そして、え~「相すまんことだなぁ」と、「どうしてあげんふうとくに言わなんじゃろか」と、自分で自分が情けないくら、ないくらいに考えさして頂いて、考えるだけじゃない、あれは不行き届きなのは私の不徳、私の御無礼、ならば私がお詫びをしなければならない、ね、私は、ね、日頃例えばなら末永さんなら末永さんが、あのように細めに一生懸命御用して下さる、お礼こそ言わなければならんけれども、ふうとくの言うところがどこにあるか、ね、そこから私は今日霊様の前で、そのことを、ね、末永さんにお詫びをするような心持ちで、え~、お礼を、お詫びをさせて頂きました、神様の前に出ますと、お詫びをいたしますけれども、ね、私はその人に対するお詫び、人に対するお礼、それが非常に欠けておるように思うのです、不思議ですね、本当に、本当に自分という者が分かって、本当にえ~、お詫びをする気じゃなくて、本当に自分の気、自分という者が分からして頂いたらです、ね、お詫びをせなければおられません、子供が言う事を聞かんと言うて、どうして聞かんのかじゃなくて、その子供に本当に、ね、言う事を聞かせきらん私であることを本気で詫びなければいけません、そして例えば見ておりますと、あれもおかげこれもおかげと、なら子供なら子供の上に、例えば、あ~私なら、私の方に、若先生なら若先生、ね、長女なら長女あたりに、例えばそのそういう例えば、どうして言う事を聞かんかというようなことじゃない、豊美さんがおってくれるから楽の方が、おかげを頂いておる、若先生がおってくれるから私の代行をして、外へ、外回りの御用は一切受け持ってくれる、ね、そのこと、そういうことだけに対しましても、お礼を言わなければおられない、だから「勝彦さんどうも有り難う」「豊美さんどうもすいません」と言うてです、言いたい、本当に言いたい、言いたい心を神様へ向ける、ね、それがね私は子供に通うと思うんです、ね、そしてそういううんなら、例えば、ね、豊美さんがおってくれるから楽が、若先生がおってくれるから外回りがと、そのことにお礼を申さして頂く、その他の事がどのように悪かっても、「どうしたことか」と、言うのでは、やはりふうとくの言うじゃない、ね、これは私がお詫びをしなければならない、「本当に豊美さんすいません、若先生すまっ、すまん」と、言う気持ちでね、本当に詫びたい、詫びたい、子供の前にでも手をてて詫びたい、けれどもその詫びたいその心が神様へ向けられる、もう実感としてお詫びが出来る、これは自分という者が本気で分からなければそれが出来ない、ね、「どうして言う事聞かんじゃろうか」と、言うておったんではやはり、何時まで経ってもおかげは受けられない、今度の私御本部参拝、そして次ぎに控えておる御大祭をです、本当にそういう、すみませんというお詫びの心、限りなく湧いてくるお礼の心、ね、そういうお礼をです、そのお詫びをです、ね、教祖様が御受け取り下さったと、詫びたら神様が許して下さるとおっしゃるが、本当にお許しを頂いたような、そういうものをね、今度の御本部参拝では頂いてきたい、私がお礼を申さして頂いたら、神様がもう大変な喜びを持って、私のお礼を受けて下さったと、実感出けれるほどしの喜びを頂いて帰りたい、ね、ためにはね、そえ前の、私は、事前の修行が必要じゃなかろうかとこう思う、ね。
  今日、長瀬さんが、前講をつとめておられました、本当にあの先日の総会が阿蘇でもたれました時の、あの時の感動をそのままに、皆さんに聞いてもろうておられました、私もここから聞かせて頂きながら、あぁ再びあの時の感動を、お~御結界で禁じ得ませんでした、ね、あの、お~、何千年か何万年か知りませんけれども、あの阿蘇の大きな噴火口から、ね、噴煙が、え~、たえまなしに上がっておる、ね、で底を見るともうそれこそ真っ赤な火が吹き上がっておる、ね、っとに天地が生きてござる印だ、私は、阿蘇へ前にも一回行きましたですけれども、あの時とやはり同じ感動を、阿蘇の火口に立って感じました、「天地が生きてござる印だ」「天地が生きてござる」そう思うて、合掌して拝ませて頂いておりますと、もうそのから限りのない天地との交流とでも申しましょうか、ね、生きた心と生きた働きとが一つになる、ね、ですからお礼もお詫びも生きた心から産まれてくるお詫びでありお礼であり、それが教祖様に通い天地に通うようなおかげでならなければならんとこう申しましたが、ね、そこでなら今日の、あ~長瀬さんのお話しを頂いておりますと、私共ではまだその天地が生きてござるという感動を、こいにみきることは出来ないけれども、親先生の横で感動しござる、親先生がもう声を、おえつをせんばかりに、その感動しござる、その横で御祈念をさせて頂いておるかんっ、がその、長瀬さんが「私共には天地の働きは分からないけれども、天地が生きてござるということを目の当たりに見せて頂いても、なるほど天地が生きてござる印だなぁ、神様が生きてござる印だなぁという実感は沸かないけれども、親先生の信心を通して、初めてその天地が生きてござるという感動を受けました」というようなお話しでございましたですね、私は金光様の御信心というのはそれでなかなきゃいけん、「私共には信心は出けんのですけれども、親先生の御取り次ぎのおかげによっておかげを受けておるんだ」と、ね、親先生ということは大坪総一郎じゃないですよ皆さん、ね、そこにはね、生神金光大神の働きがここであっておるということを確信しなければなりません、ね、そういう生神金光大神の御取り次ぎを日々頂いて、生きた天地の働きを、私共の生活の上に、はっきりここに頂けて行くということがおかげなのであり、または私共が安心しておれるのは、その生きた天地が私共のバックであるということ、まあそれをまつっ、もう少し言葉を変えると、親先生がおって下さるから、いよいよの時には親先生がおって下さるから、ね、金光大神の御取り次ぎの働きがそこに現れんはずはないと確信する生活を、お道の信心さして頂く者の、私は安心の信心生活だという風に思うのでございます。
  今日も、お~高芝さんが朝の御祈念に参ってみえられましてから、今度自分が努めておられる所の女社長さん、それこそ、お~あちらの本郷地区では、女傑で通っておられる、大変な御商売をなさっておられる、今度も大きな御商売をなさるので、そこを高芝さん達夫婦にお任せされるわけです、それがあ~七日か、そのくらいがオープンになるらしい、ね、それでえ~付け合い、その付け始めではありますから、え~、先日から一回参ってみえましたからね、もう一辺お参りをしたい、ですから十時頃連れて参ってくれということであったそうですから、十時頃来るからということであった、ところが丁度久保山さんヒゲあたりに来て下さっておったもんですから、私はヒゲ、もう、その時間にはヒゲを、ところが向こうの方で何かの違いが、手違いでですね、そのとうとう、お~、何時だったでしょうか、もうお~、十二時すぎだったでしょうか、え~御長男の運転で、高芝さんと三人で、に参ってみえられました、御長男にも「とにかく私初めて参ったけれどね、お母様がね、お母様が人目惚れしたっというのはもう合楽の先生が初めて」っち言うてから、その「この人に話しました」って今日言われるんです、「先日私はお参りさして頂いて、本当にあの合楽の先生は、」(笑)そりゃ器量が良かけんじゃなかですよね(笑)、こりゃぁもうね、そのやはり(じょじょうき?)ですよ、八十何キロ、私よりもっと大きい、でその体格の方なんですけれどね、やはり着物でも30万ぐらいするほどの着物をいつも着て歩かれる、方らしい、自分の家には舞台が作られてあって、娘さんが踊りを稽古をされるのに桧舞台が家には出けておるというぐらいなあぁその、おかげを受けておられる方なんです、ね、「それで先生、長男がこうして今日はお引き寄せ頂いたのも、始めはその参るとか参らんとかとそん時言いよったけれども、丁度遅くなって、こりゃ時間が遅うなったと言いよるところへ長男が帰ってまいりました、でこれで今からたかっ、高芝のおじちゃんと一緒へ、あの合楽にお参りするからあんた車で送ってくれんか、と、なら送るだけなら送りましょう」と言うて来たのである、ね、それで別っ、え~まあ、お茶でも、お茶飲み話しさして頂きながらですね、何が何と言うてもですね、いわゆる神様がバックと言うても分からんけれど、「私共のバックにね、天地の働きがあっておる、それは私のためにあっておるというほどしの、お~信念を持って生活さして頂くほど安心なことはありませんよ」と、天地がバックって言ったってそりゃどういうことだろうかと、丁度ここを庭を見せて、あの、おおせつ間からでしたから、私は庭の出来る時の話をさせて頂いた、あの庭の後ろに大きなつつじが五本植わってます、それこそ、う~、本当に大きなつつじですね、梅林先生が、ここにあの目を付けられたようにみられた時に、「あそこにね大きなつつじを植えたいから、五本ぐらい先生用意して下さい」というお話しであった、ね、それから何日かの後にですね、熊本からあの大きなつつじを、小型なトラックであるけれどもようやく、小型のトラックに一本しか乗らないというほどしの大きなつつじを持ってきた、いやぁ神様が昨日一昨日、梅林先生と話しよったと聞きござったばいなと、はぁ今日、「もう本当なまあ一本ありますばってんこっち欠けとるけんでもっ、でしたけど、うんならまた持ってきましょう」と言うてまた持ってこられた、それからあっちから集まりこちらから集まるして、梅林先生がみえるまでに、庭を作られるまでにみえた、「これは私の背後には神様がバックだからなんですよ」と、こういうお話しをするならもう限りがないとですよ、というようなお話をさせて頂いた頃にです、「あの梅林先生がみえました」と言うてくるん、言うてくるんですよ、いやぁ、正月にみえられたぎりで、おみえにならなかった、それを今日ですね、その~、先日の企画の方達の会合の時に、え~、少しまだ残っております茶室の前から私の(?)蘇鉄園の所の、お~を、もう一辺是非あの自分が、して差し上げたいということを言うてございましたと、それを先日企画で取り上げてから、それを宮崎さんがあの、(ごいらく?)に行ったところが、「今きたから帰って来たとこだった」と言うて、着物も無駄になり、脱がれたことです、ならこんなわけですから、「うんならもうこのまま行こうか」って言うて、バイリ先生連れてきている、「はぁ今お話ししよったあの梅林先生とは此の方ですよ」と、そして「日田はどこ行かれましたか」って言うたら、日田はあの、梅林先生もうあちらこちら行かれたてじゃないですからね、トミアスさんとか、それからあ~クン長なんかのお酒屋さんの、を昔造っておられるその庭を年に一回必ず一辺見に行って、あそこをああせろこうせろと言うて、まあ指導に行かれるらしい、指導って言うか、その~、であちらの方でも待っておられる、ね、そしてそこでです、まあ、あぁ色々な話があったんですけれども、もうその、お~、綾部って言うんですよね、そのお~、女社長さんは、綾部さんがあのえらい感動してその、お~、え~、バイリ先生のお話しを聞いておられるんです、して今度は私だいたいこう日田に行ってから楽しみがあって行ったんですけれどもね、何とかと言う彫刻家ですかね、何か偉い人があちらへおられる、その人の作品が素晴らしい作品が出けておるというので、それを見せて頂きたいと思うて行った、ところがその、お~、製品は何何という酒屋にその買い取られて行ったという話を聞いてきましたと言うわけ、「その酒屋が私の方でございます」と言うわけなんです、「いやぁとても今日は大変な人にお目にかかったもんじゃある」と言うて、「どうでも私をこのオープン前に、五日の日にそのお迎えに来るから」と言うことだったんですけども、バイリ先生も一緒に出けたら、「はぁもうこれは願っても行きたい」というようなことでございました、そうやって話をしております時に、立石さん達が、あ~あの従業員の方達を五・六人どろどろ庭の方へ入って行かれますもん、先日から思いさせて頂いてあの蘇鉄が何本か、あこう芽が出らないのがありますから、もう
新たな物をけんぼくしたい、それでお供えさせて頂いたり、蘇鉄というのはなかなか玄人が植えなければ出来ない、大きなのですから、ね、そしてその~人夫の方達を連れてから、大きな蘇鉄をかたげて向こうへ行きよりなさいますもん、「あらあら立石さんが今日来てござるて、バイリ先生、あのまたに今度見て頂くあの庭の蘇鉄園が、あの枯れておるのを、枯れておると言うか、芽が出ないのを取り替えに今日来とりますよ、だから先生あなたが、あのご覧になってから、どこにこう植えてくれああ植えてくれと言うて頂くと良いですね」「ならそうしましょうか」と言うてから、そのサシズにおいでられた、それを目の当たりに見ておったそのご長男の方がです、「はぁこういうことが天地をバックにしとらなければ出来ないのだな」と言うて、まあ、こう、なにかね、こう響きのない感じしてだったけども、そういうことを目の当たりに見られた時に、そういう、う~「はぁなるほど天地がバックであるということはこういうことだということが分かった」と言うて、今日は喜んで帰られました、ね。
  私は思うです、本当にね、これは私ではないけれども、合楽の教会の親先生のバックにはもう絶対の神様がね付いてござる、その絶対の神様というのは、それこそ天地がバックであるということ、私の言うておることは神様は聞きござる、いや私と言うとおおとそひろうなりますけれども、ね、そこにです、もう普通から言うならば不思議でたまらんと、ね、例えばこの頃総会に参りました、まだ暑かった、テントを張る用意をして行ったところが、あの(草浅慮?)にはテントが張れない、まあ手おどろしておるところから、あの低おく雲が降りてまいりましてね、そのあそこら一面が日陰になってしもうた、もうそれこそ風は冷やっとした風が吹くし、上から日は照らんし、もうそれこそお~絶好の野原での言わば総会がですね、そういう日よに恵まれておかげを頂いたというように、なるほど天地が自由になりなさるなぁと、これは天地のことだけではない全ての事がです、全ての事がそのようにして整うて行く、ね、お互いがそういう神様をバックにたたえておるのであるから安心である、ね、そういううんなら神様にです、誰が通い誰が通わないということがないけれど、ね、その人の言うならば真心、その真心というのは、どういうようなことかと、それは色々な説明もありましょうけれども、私共が心から詫びる時、私共が心からお礼を申し上げる時、それはもうそのまま真であると私は思います、子供にでもお詫びがしたい心、子供にでもお礼が言いたい心、それをなら子供に一々すいません、ああ有り難うございますと言うて、行くわけにゃいけませんものね、そりゃ親としての権威そういう意味じゃないです、それはわずらわしい返って、けれどもその心がね、言わば神様へ向けられる時です、ね、もうそこには何にもない、どうして言う事聞かんじゃろうかもなからなければ、どうしてこういう事になるじゃろかもない、ね、どういうきつい事になりましても、私の不徳のためにということを自分で分かって、そのことが詫びられる時、ね、私は神様へ通う、いわゆる天地へ交流、通うのだという風に思います、ね、私共の、言わば一巨資一同がです、ね、神様が見ておいで、神様が聞き通し、私共の心の中は神様が見通しなのだ、ね、ですから私がいかに親、親の権威を持ってです、「どうして言う事聞かんか」と言うても、はぁちだっ、子供は聞くかもしれません、けれども神様がご覧になったら、「あれが偉そうなこつばっかり言いよる」と思うてから、神様が笑いよりなさりよるじゃないかと思います、ね、「子供に言う前にお前が改まれ、お前が詫びよ」ね、そこに気付かせて頂くということがです、私は本当の信心、いわゆる真の信心であり、ね、真の道を歩かせて頂く者は、そういう姿勢を持って、歩かなければ歩けんのが真の道だという風に思います、私が私がと、私がおるからこそここが出けておるんだと、私がと、そこにはね、もう神様とは絶好の状態になっておる、ね、言わば神様との交流はそこに断たれてしまう、ね、本気で例えば詫びる心、心からなるところのお礼の心、本当にですね、もうそれは誰にでも今まで敵と思うておった人にでもね、お礼が言えれるのです、ね、あんな、あんなやつと思うておった人にでもです、ね、本当言うたらお詫びをしなければならんのです、私が分かったら、ね、だから信心とは結局、私自身がぎりぎり見極めさしてもらい、私が本気で分からして頂くこと、ね、そこからそういう詫びる姿勢、お礼を申し上げれる心というのが、あ~限りなく心の中から出てくるようになってくる、ね、そこに私は信心をさして頂く者の幸せと、お願いをしておかげを頂いてという幸せではなくて、ね、そういうそれはもう例えて言うと、形のある物は形が無くなった頃にはもう忘れる、ね、それよりも私共が無尽蔵に限りなく、ね、頂いて行けれるおかげの元というのが、ね、「神様をバックにしておるんだなぁ」と「親先生を私共はバックにしておるんだなぁ」と、その実感がです私共の心に通うてくるような、工夫というものがなされなきゃなりません、そこに今日も申しますように、例えば御本部参拝をさせて頂くでも、ただお参りをした、「はぁとにかくにぎやかだった」と「まあ大変なお祭であった」というようなことだけがお土産であってはならない、「今度の御本部参拝で本当に分からして頂くことがあった、おかげを頂かして頂いた、その御参拝には、このような修行もさせて頂いた」というところからです、私はいわゆる与えられる喜びがあると思う、ね、自分で喜ぼうとしたって喜べないけれど、ね、神様が許される、神様が与えて下さる喜び、ね、もう本当に詫びて詫びて詫びぬかせて頂く時に、神様が、詫びれば許してやりたいのが親心というその心を、見せて下さるのは、私の心の中にお詫びのそこから湧いてくるところの喜びなのだ、神様はもう許して下さった、ね。
  今朝私は、え~いつも3時20分に、え~ベルが鳴るようにしてあるんですがね、今朝私お夢を頂いておった、それは色々ありましたけれど忘れたけれど、はっきりは記憶しておるのは、この3時半までのこの鐘がならなかったらこの人が助からんというお知らせであった、ね、3時半までにこの鐘がならなかったら、そして良くその聞いてみるとですね、もうこの人は言うならばまあ寿命だと、もうこの人は、ね、この人が、例えば死ぬと言うかね、亡くなる、までにはこの鐘は到底なりない、鳴らないのだと、もうそれがこの人の持ってきた運命のだというようなことが、その、その前にあったんです、それで私はそれを聞いてですね、もうその人がかわいそうでたまらんもんですから、どうぞ3時半までにあの鐘が鳴りますようにと言うて一生懸命願っておるお夢の中で、あの鐘が鳴りますようにと、そしたら3時半になったらですね、もうジャンジャン鐘が鳴るんですよ、はぁおかげを頂いたと目が覚めた、覚めたら私がかけておる3時20分のその時計がもうジャンジャン鳴っておった、こっちは時計のベルでしたけど、私が夢ん中で頂くのは鐘でした、鐘がね、いわゆる助かるという鐘が打ち鳴らされた、ね、だからここんところがです、私共がね、開けない道が開ける、助かるはずもない者が助かる、それは金光大神のお取り次ぎの徳であり、親先生の御信心の徳である、他の者が言うても聞いてやったずらんでも、親先生がどうぞと言うてたずっ、願うて下さると、言わばもう3時半には打つはずのない鐘が鳴り出す、というようなお知らせを頂いたんです、ね、ですからそこをお互いが信じ、ね、そこから私共のいわゆる確信を持っての生活、ね、安心の生活喜びの生活、そんならその確信の生活とか喜びの生活と言うのは、ただお参りをしておる話を聞いておるだけではなくてです、心の底から詫びれれるもの、心の底からね、湧いてくる喜び、そのお礼の心、ね、そのお礼の心がね神様を動かす、神様に通う、「私はどこばお詫びすれば良かじゃろか」といったようなことのあろうはずはない、自分という者を本当に見極めていったら、ね、今日私は末永さんに、例えばそういうね、「どうもあんな葦の、あの衝立てじゃいけん、早よ替えとかにゃこて、そんなもうぎりぎりなってからまだきも、装束も付け替えんならん」と、まああれを言うたけどもうすぐすぐ、すぐ直後に、自分の不行き届きば棚に上げてから、修行生のもんどん思いよる、ほんに神様がご覧になったら、まあ可笑しゅうあんなさろうと思う心が詫びる心になる、ね、これは末永建郎さんに、もう本当に手をついて詫びたい心で神様の前にお詫びをする、それが通うのである、ここになら末永建郎にも通うことでしょうけれどもです、ね、神様に通う、ね、人にお詫びをする、人にお礼を申し上げる、ね、今日はここんところを一つ本気で、「家の主人が不信心でございますけん」「家の定員がどうでございますけん」っていうなら、亭主が家内が、私はね、お詫びをしなければいけん、そしてお礼を申し上げるとこはお礼を申し上げなきゃいけん、それはその人の前に手をついてお礼を言うような心持ち、その人の前に、手をついてお詫びをするその実感を私は神様へ持って行かなきゃいけない、ね、そういう姿勢の中からはです、いわゆる不平が不足が起ってこない、そこから有り難い道が開けてくる、しかもそれが天地に通う、その天地が絶えずいつも私共のお取り次ぎの働きの中に、神様がバックであるという、ね、実感、私には神様がついてござるから、という安心を持っての日々の生活が出来るようなおかげを頂きたい、それが金光様の御信心をさして頂く者のです、まあ言うならば特権と言うても良い、そこが頂けるのが、ね、またそれを頂くための稽古が本気でなされなければいけないと私は思うのでございます。
  どうぞ御本部参拝、それからこの月にあと取ります二十日の御大祭を目指して、今からでも良い、その目指してから、その事に焦点をおいて、ね、家庭の中ででも出来ます、ねささやかな修行でも本気でさせて頂いて、お詫びとお礼がね、心行くまで出来るような、内容を作って行きたいと思うのでございます。
                                                                       どうぞ。



入力者:誠輝